東京高等裁判所 昭和46年(う)2194号 判決
被告人 瀬田正男 外一二名
〔抄 録〕
ところが原審は、本件公訴事実である同日午後九時ころ以降の時点における被告人らを含む学生集団の集合状態は、安田講堂前においても、理学部化学教室前附近においても、右集団には理学部一号館にたてこもる民主化行動委員会に属する学生らに対し投石等の暴行を加えるという共同加害の目的があったと認めるに足る証明が十分でないから、兇器準備集合罪の成立は認められない旨判示した。
しかし原審において取調べた各証拠および当審における事実取調の結果を綜合すれば、被告人ら全員に対する本件兇器準備集合の公訴事実は優にこれを認めることができる。即ち、そもそも昭和四四年一月九日午後四時ころから東大安田講堂前広場において、全共闘派に属する学生約二、〇〇〇名が参加して開催された統一集会は、東大紛争を収拾するため大学当局の提案により翌一〇日開催が予定されていた全学集会(いわゆる七学部集会)を阻止することを主たる目的とするものであったのであり、当時、全共闘派学生と対立抗争を続けていた東大民主化行動委員会に属する学生が右全学集会の開催を支持し、これを東大構内で開催すべきことを主張して、教育学部、経済学部、理学部一号館等の各建物にたてこもりバリケードを築いてこれを封鎖していたのであるから、これら民主化行動委員会に属する学生らを実力で各占拠中の建物から排除してこれを封鎖し、全学集会の開催を阻止する方針に出た全共闘派の右統一集会の参加者の大部分はヘルメットを着用し、角材等を所持していたものであり、全学連革マル派に属する学生らは集会開催中に空壜が配布され、各自これを受取り所持していたものである。そして統一集会終了後、革マル派に属する学生らなど被告人らを含む全共闘派学生約三〇〇名は理学部一号館に赴き午後七時三〇分ころから同館にたてこもっていた民主化行動委員会に属する学生らに対し投石などの攻撃を加え、全学連反帝学評派に属する学生約一〇〇名および全学連フロント派に属する学生約三〇名も同館にたてこもる学生らに投石をくりかえし、他方同時刻ころ教育学部、経済学部の各建物附近でも全学連中核派などに属する学生らと右各建物にたてこもる学生らとの間で投石、放水などによる衝突が行われていたのであって、午後八時二〇分ころ大学当局の要請による機動隊の第一次出動により、全共闘派学生らの攻撃が一時中止され、理学部一号館にたてこもっていた学生らを攻撃していた被告人らを含む革マル派に属する学生らも、反帝学評派およびフロント派に属する学生らも、安田講堂前広場に隊列を組んで引き返し、また、教育学部、経済学部の各建物にたてこもっていた学生らを攻撃していた中核派などに属する学生らも攻撃を中止して附近の建物内に逃げ込んだりしたのであるが、約一〇分位経過した午後八時三〇分すぎころ機動隊が学外に撤退するや、再び反帝学評派に属する学生集団は直ちに理学部一号館に赴き、同館にたてこもる学生らに対する攻撃を再開し、他方中核派などに属する学生集団も経済学部、教育学部の各建物にたてこもる学生らに対する攻撃を再開した。このような客観状勢下において被告人らを含む革マル派に属する学生集団のみは右機動隊の学外撤去後も依然として安田講堂前広場にとどまり、午後九時ころから同派のみの本件集会を開いたのであるが、前記の如く被告人らを含む同派学生集団も午後七時三〇分ころから理学部一号館にたてこもる学生らに投石等による攻撃を加えるという共同加害の目的をもって兇器を準備して集合し、現実に加害行為に及んだものであるのに、前記午後八時二〇分ころの機動隊の第一次出動により安田講堂前に引き返した時点ないし本件集会を開始した時点を境に、同学生集団のみは、共同加害の目的を確定的に放棄しないし解消せしめたものと認定するのは、前記客観状勢に全くそぐわないものであるというべく、現に同学生集団は、昼間からの攻撃目標である理学部一号館とは至近距離にある場所で各自兇器を携えたまま、午後九時ころから爾後の行動につき協議するため集会を開き、その集合状態を解かなかったものであり、原判決も認めるとおり、右集会は集会終了後解散を予定した総括集会ではなく、リーダーにおいて、理学部一号館にたてこもっている学生らに対する攻撃を再開する旨のアジ演説がなされ、その演説中に機動隊の第二次構内出動があり、ガス弾の発射等による規制を受けたため右学生集団は安田講堂前広場から理学部化学教室方向に逃走し、被告人らはその逃走の途中機動隊員にそれぞれ逮捕されたのであるが、右リーダーのアジ演説があったので「それまで座って集会をしていた私達は立ち上った」(岩田重敏の検察官に対する昭和四四年一月一九日付供述調書)、「皆が異議なしと云って気勢をあげ」たのであり、(被告人佐原茂の検察官に対する同年同月二〇日付供述調書)、「革マルとしてはまだ理学部一号館を攻撃するつもりだった」(堀川哲の検察官に対する同年同月一九日付供述調書)というのであるから、被告人らを含む右革マル派学生集団は午後九時ころからの本件集会中から機動隊の第二次規制を受けて各逮捕されるまでの間も民主化行動委員会所属の学生らに対する共同加害の目的を放棄することなく継続してもっていたこと明らかである。なお被告人らの弁護人は、前記三名の検察官に対する右各供述調書につき、いずれも取調官の誘導によるものとしてその任意性を争うけれども、本件当日における前記の被告人らを含む革マル派学生集団の各行動、証拠により認められる全共闘派と民主化行動委員会所属の学生とのかねてからの対立抗争状態、全共闘派の他のセクトの当日の行動等に照らせば、右各供述は、機動隊の第二次規制を受ける直前における右集会参加者の心情を吐露したものと思われ、任意性を欠くものとは認められない。原判決は、被告人らを含む革マル派学生集団の午後九時ころ以降の集会は、その終了後解散することを予定したいわゆる総括集会ではなかったことも、リーダーによって再度理学部一号館にたてこもる学生らに対して攻撃を加える旨のアジ演説がなされた事実も認めながら、その演説は、機動隊の第二次規制の直前になされたのであるから、集会がざわざわした雰囲気で集会参加者も概ねリーダーの演説に熱心に耳をかたむける態度ではなかったこと、および当日の行動方針の伝達は隊編成のもとで順次口伝えの方法によることに決定されていたことなどを理由に、集会参加者全員に、右再度の攻撃方針が認識されるまでに至らず、従って右集団には共同加害の目的があったと認むるに足りる証明がないとしたのであるが、これは証拠の評価を誤り事実を誤認したもので、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。
(田原 吉沢 小泉)